俺は、大きくため息を一つ付いた。俺の名前は、元内ざくろ。『ざくろ』であって、『じゃくろ』ではない。俺の事をそう呼ぶ奴は、アイツを置いて他にいない。なんてったっけ?名前は忘れたけど、太郎の家の隣りにある保育園に通ってる保育園児の女。
「じゃくろぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 何度も叫んでるんだろうなぁ。アイツの声がしゃがれてるのがよく分かる。しかも、クラスメートのほとんど全員が、この声に気付き、俺の方を見ている。しかたなく俺は席を立ち、英語教師に、
「行って良いっすか?」
 と、教室の出口を指差してそう言った。英語教師もあきれた顔で、
「はいはい。行ってきなさい。」
 と言う。俺は教室を後にした。
 3階にある教室を出て、階段を下り、下駄箱の所まで来た時、ちょうど太郎と出くわした。
「ざくろ・・・今の声、亜樹ちゃんだよね?」
 太郎は俺にそう言った。そう言えば、『なんとか亜樹』って名前だったっけ?
「でも、何で俺なんだよ。その『なんとか亜樹』って、快物太郎の彼女じゃね〜の?」
 考えてみれば、おかしな話しだ。太郎は御近所と言う事もあって、保育園の園児と顔見知りで、「おにいしゃん」とか言われて園児達になつかれてるし、亜樹って子とも何度も会っている。だけど俺は、アイツと会ったのはこの前が初めてだし、それっきり。名前だって忘れてた。
「でも、あんな風に『じゃくろ』ご指名だし・・・。」
 太郎は、俺を見てニヤッと微笑んだ。そして、
「じゃぐろぉぉぉぉぉぉぉお」
 と聞こえてくる。
 俺達二人は昇降口から外に出て、小さな少女が待つ校門まで歩いて行った。たしかに、あの時の子供だ。あんまり変わっていない。変わっているところと言えば、泥まみれの洋服とおデコ。そして、口元に青アザが付いてるくらい。亜樹は俺達を発見して、
「・・・じゃくど・・・。」
 と呟き、子供なりに真剣な顔を見せた。
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