石橋さんは店の前で、ふっと空を見上げ「はぁ。」と、ため息を付いていた。朝から出かけて傘を忘れたクチらしく、この本屋で雨宿りをしていたのだろう。…でも、今の俺にはそんなこと考えている脳みその細胞なんかひとつも無い。脳みそ全てが大混乱を起こしている。俺の心の奥底では「このまま時間が止まって欲しい。石橋さんとずっとこのままでいたい。」って思っているのに、心の表面の方では、「こんなにイキナリじゃ、準備が出来ていない。早くどっか行ってくれ。」って思っている。完全に俺の心の中は、訳が分からなくなっていて、無意識のうちに俺は今読んでいる『少年チャンピオン』で、顔を隠してしまった。
 多分、1.2分も経っていないだろうけど、今の俺には1.2時間経ったような気がする。でもその時間は、気持ちの良い時間とかじゃなくて、悪魔か何かに心臓を鷲掴みにされているようで、ドキドキして息が出来なくて苦しい…。しかも、この悪魔が数秒後に『実体化』する事になるなんて…。
「お、飛鳥じゃん!!」
 実体化した悪魔は、赤い髪を振り乱し、クソデカイ黒のこうもり傘はまさしく悪魔の翼のように思えた。
「お前も『週チャン』立ち読みに来たの?俺も『柔道バカ番長』が気になっちゃってさー。」
 赤い悪魔はそう言うと、俺の方に寄って来る。俺は心の中で「消えろ!消えてくれェェ」って叫ぶ。しかし、赤い悪魔の魔の手は遂に…。
「およ?石橋じゃん。何やってんだお前?……あ!…お前等『おデート』中。」
 赤い悪魔は気持ちの悪い微笑を見せ、俺越しに石橋さんに声をかけた。
「そげんか訳、なかろぉもん!!!」
 …遂に俺は切れ、最高の悪面で赤い悪魔を怒鳴りつけた。
「あ…剣君。…それと…植村君。」
 赤い悪魔『剣』の言葉で、石橋さんに俺の存在がバレてしまった。俺はゆっくり石橋さんの方に振りかえり、
「ッチ〜ス。」
 と、微笑んで軽く会釈した。…でも、絶対変な顔だったに違いない。恥かしい…。
「石橋、お前どうしたの?困った顔して…。不細工がより不細工に見えっぞ。」
 俺は心の中で、剣に「なんば言よっとか!蹴り殺すぞ!」って言った。
「傘忘れちゃって、ココで雨宿りしていたんだけど、まだ、止みそうに無くって。」
 と、石橋さんは苦笑いをして見せる。物凄く可愛い。…すると剣は、
「バカじゃねェの?だっせー。」
 多分、石橋さんがココにいなければ、俺は剣をボコボコにしているに違いない。
「俺の傘貸してやんよ。…ほれ。でも、明日学校で絶対返せよ。返さなかったら犯すかんな。」
 そう言って、飛鳥は自分のデカイこうもり傘を石橋さんの目の前に突き出す。
「あ…ありがとう。…でも、剣君が濡れちゃうよ。」
 と、石橋さんは言う。心優しき石橋さんはやっぱり最高だなーっと思った。
「大丈夫。飛鳥の傘に入れてもらうからさ。」
 と、剣は返事を返す。
「あ…ありがとう。…植村君もありがとね。」
 そう言うと石橋さんは、赤い悪魔が持っていた黒くデカイ傘に覆われて、雨の中を帰っていった。俺は、俺の名前を覚えてもらっていたと言う事実に、天にも昇る気持ちで石橋さんの後ろ姿をずっと見つめていた。

前に戻る 次に進む